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東京高等裁判所 昭和39年(う)7号 判決 1964年6月16日

控訴人 原審検察官

被告人 福原和夫 外三名 弁護人 鈴木喜三郎 外一名

検察官 中村次郎

主文

原判決を破棄する。

被告人福原和夫を懲役四月に処する。

被告人渡辺直治、同関川敏雄、同片桐年雄を各罰金二五、〇〇〇円に処する。

被告人渡辺直治、同関川敏雄、同片桐年雄が右各罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。

被告人福原和夫に対し、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

被告人福原和夫から金一〇、〇〇〇円を、被告人関川敏雄から金五、〇〇〇円をそれぞれ追徴する。

被告人渡辺直治、同関川敏雄、同片桐年雄に対し、いずれも公職選挙法第二五二条第一項の規定する選挙権および被選挙権を有しない期間を二年間に短縮する。

原審の訴訟費用中証人鶴田辰己に支給した分を四分し、各その一を被告人四名の各負担とし、証人後藤春夫、同相浦義信、同落合和子に支給した分は被告人福原和夫の負担とし、証人石黒重一に支給した分は被告人渡辺直治の負担とし、証人佐藤幸一に支給した分は被告人片桐年雄の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、東京高等検察庁検事中村次郎が差し出した新潟地方検察庁検察官検事正大趣正蔵名義の控訴趣意書および弁護人鈴木喜三郎が差し出した控訴趣意書、補充趣意書、弁護人松木弘が差し出した控訴趣意書(控訴趣意書訂正申立)に記載してあるとおりであり、検察官の控訴趣意書に対する答弁は弁護人鈴木喜三郎が差し出した答弁書に記載してあるとおりであるから、いずれもこれを引用し、これらに対して当裁判所は次のように判断をする。

弁護人松木弘の論旨竝びに弁護人鈴木喜三郎の論旨のうち事実誤認および法令違反の主張について。

甲が、乙から某候補者を当選させる目的で他の選挙運動者または選挙人に選挙費用、報酬または投票報酬等の趣旨で供与させる資金として金員の交付を受けるにとどまるときは、乙の交付罪および甲の受交付罪が成立するも、それが発展して甲が乙の意を体して右金員を他に供与したときは、甲、乙の共謀による供与の共同正犯(公職選挙法第二二一条第一項第一号、刑法第六〇条)が成立し、乙の交付罪および甲の受交付罪(各同法第二二一条第一項第五号第一号)はこれに吸収されて別罪として成立しないものと解すべきである。記録を精査すれば、被告人福原和夫は、全国たばこ耕作者政治連盟新潟県支部連合会(以下新潟県支部連合会と称す。)の事務主任者で、原判示第一の一の後段のように、昭和三七年七月一日施行の参議院議員通常選挙に際し、全国たばこ耕作者政治連盟の推薦候補として同年六月七日全国区から立候補した日高広為の新潟県下における選挙運動者であるが、鶴田辰己から、右選挙の選挙人で、同候補者の選挙運動者である全国たばこ政治連盟新潟県支部連合会傘下の各支部(以下新潟県支部連合会傘下各支部と称す。)の事務主任者等に対し、同候補者に当選を得しめる目的の下に投票竝びに投票取纏等の選挙運動の報酬として一人当り五、〇〇〇円をそれぞれ供与されたい旨の依頼を受け、現金合計二五、〇〇〇円の交付を受け、その意を体して、原判示第一の二の(一)の(1) ないし(4) 、(二)のように、同候補者に当選を得しめる目的の下に投票竝びに投票取纏等の選挙運動の報酬として、同候補者の選挙運動者である被告人関川敏雄、同片桐年雄、同渡辺直治および後藤春夫、相浦義信に対し、それぞれ現金五、〇〇〇円を供与したことを認めることができるから、右は、被告人福原和夫と鶴田辰己との共謀による供与の共同正犯となり、被告人福原和夫の受交付罪は右供与罪に吸収されて別罪として成立しないものというべきである。ところが、原判決は、被告人福原和夫に対し、右被告人関川敏雄等五名に対する供与罪の成立を肯認したうえ、更に、右鶴田辰己からの受交付罪をも別罪(併合罪)としてその成立を肯認しているから、右は法令の解釈適用を誤り、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというべきであつて、論旨は理由があり、この点において原判決中被告人福原和夫に関する部分は破棄を免れない。

(その余の判決理由は省略する)

(裁判長判事 加納駿平 判事 河本文夫 判事 清水春三)

弁護人鈴木喜三郎の控訴趣意第二点

原判決には法令の解釈適用の誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄せらるべきである。

一、仮りに前記主張がその理由がないとしても、前記主要証拠によれば、各事務担当者会議において、午后二時頃、被告人福原が鶴田辰己の処に呼び出され、その際支部連合会及びその各支部の分を一括して一束とした計二束の封筒を、新潟県分として受領したのであるが、これを同福原は、一旦は会長の渡辺に手渡して本部の細部連絡を受けつつ同会長の指示を受けて交付しよう、と内心思つて預り保管していたが、他の府県支部連合会では既にその場において各出席者に配分しているのを現認し、果又、マイクで早く各事務担当者の各領収書を速かに提出して欲しい、若し印鑑がなければ代印でもよい、と督促されるに及び、被告人福原としても、その閉会間際の午后四時頃、その左右真後に隣席する相被告人ら(渡辺を除く)に左右後を振向いて、又立上つて、真の一寸の僅かの間に、この二束より二封筒ずつ各人に交付したものであつて、この間に、被告人福原自身の自由意思が介在する余地は全くなかつたのである。従つて

(一)供与する鶴田辰己においても各出席者にその場で直接交付せられるものと信じて斯く取扱を指示、預かる被告人福原においても同時にその場で各出席者に交付するにおいては、原判示第一の一後段の買収目的で利益の交付を受けた所為なるものは、単に、交付、受領の取継ぎ機関としてのみの事実であつて、これ以上ではないから、これは法第二二一条第一項五号には該当しないもの、と解さるべきものである。

(二)果又、被告人福原において、右の如く鶴田よりこれが封筒の交付を依頼され、右の如くして交付するにおいては、法二二一条第一項一号の供与の意思は全くないものと解さるべきである。右供与罪が成立するには、被告人福原において、供与を拒否し、又供与し得る、という自由意思の介入し得る余地があつて始めて成立するものなるところ、前記の如き経緯より見れば、この意思の介入する余地全くなく、斯く授受さるべきことが余りにも明白となつており、これを受領する各支部事務担当者並びに被告人関川、同片桐においても、その場のマイクの説明並びに他府県の例や、その受領証の宛名からして当然にこの金員は、今被告人福原が演壇横の会計より受領して来た封筒であることを現認していて、被告人福原がこれを供与するもの、等とは、全く考えずに、これを受領しているものであるから右被告人福原について供与罪が成立しないのは勿論、相被告人、片桐、関川、渡辺についても同人よりの受供与罪は成立しないもの、と解さるべきである。

(三)又右の如く被告人福原は、相被告人片桐、関川と、他の後藤春夫、相浦義信に一括して、その場において同時に交付しているのであるから、原判示第一の二の(1) 乃至(4) の所為は、供与の併合罪ではなく、一個の行為として包括的に一罪、又は刑法五四条前段に該当するもの、と解さるべきものである(昭和四年(れ)第四二九号同年五月三一日大審院判決参照)。

(四)仮りに右主張がその理由がないとしても、原判示は、その第一の一後段の受交付と、同前段の授供与とを観念的競合とし、且つこれと同第一の二の各所為を併合罪、と解しているが、右受交付の罪は、供与罪の成立によつて、吸収さるべきであつて、別罪を構成するものではない(昭和二六年七月六日大阪高裁判決、同年一二月二五日仙台高裁判決各参照)。

二、然らば原判決は正しく法の解釈適用を誤つたものとして破棄さるべきものである。

(その余の控訴趣意は省略する。)

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